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2011年3月25日

がんばらない、ニッポン

これまでの生活、がんばりすぎでなかったでしょうか。
それは、気持ちのうえでがんばらない、ということではなくって、そうね、他の地域で、人には扱いきれない方法で、作ってもらう必要があるほど電気がいるって、無理がかかってるのではないのかしら。
人のいのちや生活の安全を天秤にかけてまで、使う必要があるのかしら。

安全ではない材料を使って作られたもの、とか、子供達を不法労働させて作ったもの、とか、そういうものには制限のかかる今の世の中。
1度足をとめて、これって本当に必要?と思ってみます。
もちろん、必要なものは必要です。
わたしもご飯を食べます。なんらかの炭水化物とお野菜とタンパク質、ミネラル。
毎日食べます。必要です。
けれども、過剰な取りすぎや豪華なお食事ばかりでは、からだによいとはいえないとおもいます。

気持ちの上でがんばる、という事は必要だと思うけれど、がんばりすぎる私たちは、どこかに無理をかけて、それは自分の体であったり、気持ちであったり、それに今回のように、他の地域であったり、そういった無理をがんばり、というのは、違うのかもしれません。
もちろん、一概には言えない様々な状況がありますが、わたしの生活について、考えてみたいと思います。

吾唯足知(われただたるをしる)

会社のエレベーター、ハロゲンかな、のランプが消灯しています。
ほんのり明るいエレベーターの中で、おとこの人が一緒にいる人へ、「このほの暗い感じ、意外と心地いいんだよね」とお話していました。
「わたしもそう思います」とお話をしました。


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